2020年9月18日に公開され、瞬く間に反響を呼んだ映画『テネット/TENET』。
公開から日数も経ち、色んな情報が解禁されてきました。
中でも注目されているのは監督の「これはタイムトラベル映画じゃない。タイムトラベルはあくまでギミックに過ぎず、テネットはスパイ映画だ。」という発言です。
私もレビュー記事で、「『テネット』は主人公達が、人類を皆殺しにできる兵器を悪用しようとする奴らを成敗する王道なスパイアクションもの」と言ってきました。
しかし、広告宣伝のおかげで『時間逆行』『SFアクション』『新体験』というようなイメージが独り歩きしてしまったせいで、
「テネットを観に行ったが、思ってたのと違った」という方が少なからず存在するようです。
話題性を作るという点で、広告宣伝はその役割を十分はたしましたが、誤解を生んだのもまた事実だったようです。
ただ、個人的にはどちらにしろ、『テネット/TENET』はSF映画としてもよくできていたのではないか?と思います。
テネットはSFとしてもよくできている。SFとはギミックが与える影響を描くもの。
国外国内の大きな映画レビューサイトを観ていると、『テネット』を「SFタイムトラベルものとして観てしまった」という人が多いように感じます。
「祖父殺しの矛盾が解決されてない」というような、そもそもタイムトラベル作品全てに言えてしまうような酷評まであります。
たしかにSFタイムトラベルものとして『テネット』を観ると物足りないかもしれませんが、そもそも『テネット』はスパイ映画であり、映画を面白くするギミックが時間逆行だったわけです。
ただ、個人的に思うのは、「『テネット』はそこまでSF映画と言えないようなものだったのか?」ということです。
そもそもSF作品からして、矛盾を1つも抱えていないものはありません。
どこかしらに矛盾があり、そこを上手く誤魔化しています。
誤魔化そうとすることが大切だと思います。SF作品を観る側としても矛盾に触れないと言うよりも、それなりに誤魔化してくれると、素直に映画にのめり込むことができます。
そもそも『時間逆行』そのものがこの世には存在しないものなのですから。
『テネット』にもちゃんと誤魔化しはありました。
例えば「逆行した世界では空気が肺に入らないから、逆行者はみんな酸素マスクをしている」というものです。
こういった誤魔化しの小道具が、『テネット』では映画を印象づけるなアイテムとしても作用しているのです。
スターウォーズのライトセーバーなど、映画の象徴ともなる小道具がSF映画には重要です。
それを違和感なく、さらに矛盾を誤魔化す小道具としても作用しているのが『テネット』がSF作品としても優れているところです。(スターウォーズはSFではなく、スペースオペラですが。)
そうして違和感を薄くすることで、最大限、映画の『ギミック』の部分を楽しむことが出来ます。
『テネット』をSF映画としてみる時、「回転ドア」が『ギミック』の部分になるでしょう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でいう『デロリアン』の位置になります。
私は「SFとは、ギミックの矛盾を解決するものではなく、ギミックが与える影響を描くもの。」だと思っています。
タイムマシンの動力源や仕組み、実際にできるだろう年代を正確に描こうとするのではなく、「もしもこの時代にタイムマシンがあったら」を描くものだと思います。
そういった点でも藤子・F・不二雄氏の『ドラえもん』は、SF作品として、とてもよくできているとおもいます。(藤子・F・不二雄氏の言うSFは少し不思議の略ですが…)
ドラえもんの仕組みや原理はほどほどに説明して、「もしもドラえもんが現代に現れたらどういう影響を及ぼすか?」に物語は終始しているのです。
他のSF作品にしてもそうです。巨大なモンスターが現代に現れる映画なら、「巨大なモンスターが自重を支えることが出来るのか?」ではなく
「巨大なモンスターにどう人類が立ち向かうか?」「世界にどんな影響が現れるか?」を描くものです。
『誤魔化しのアイテム』『ギミックが世界に与える影響』このふたつを今までの作品にない物、今までの作品にない映像で観客にみせてくれた『テネット/TENET』はSF映画としてもよくできてるのではないかと思います。
「よくできてる」と上から目線な言い方になってしまいましたが、コロナ渦で「アクション」や「SF」にうえていた一部のオタク達を満足させてくれるには、『テネット/TENET』は、十分期待に応えてくれる作品だったと思います。