今回は漫画【ルックバック】についてレビューと考察&解説していきます。
『チェンソーマン』の作者藤本タツキ先生の読み切りの一つ『ルックバック』。
『チェンソーマン』の人気に伴い2021年7月19日に少年ジャンプ+で無料公開されていたので読んだことがある方も多いでしょう。
『ルックバック』は藤本タツキ先生を投影したかのような主人公に加えて、各所に先生の趣味嗜好がわかるオマージュやリスペクト、メッセージが描かれています。
読んだ方はまた読みたくなるように、未読の方も本記事を機に読んでみようと思っていただけると幸いです。
目次
『ルックバック』とは?漫画家の努力と挫折と成長の物語
作品名 | ルックバック |
---|---|
作者 | 藤本タツキ |
出版社 | 集英社 |
掲載サイト | 少年ジャンプ+ |
主人公 | 藤野歩 |
主要人物 | 京本 |
『ルックバック』とは、少年ジャンプ+にて2021年7月19日より公開された、藤本タツキ著の長編読み切りです。
物語は小学生4年生の藤野と、同校に在籍し同じく4年生で不登校の京本が漫画を通して成長していくというもので、読み切りにしては長い146ページの中で緻密に構成されたストーリーが反響を呼び、配信後わずか2日で400万PVを記録しました。
2021年8月19日に無料配信が終了し、同年の9月3日にすぐコミックスが発売される大反響ですが、作中のとある描写に批判意見が集まった結果、無料配信中と単行本化の際の計2回にわたって一部のセリフが変更されるということがありました。
物語の内容。序盤ネタバレ解説。「4年生で私より絵ウマい奴がいるなんて、絶対に許せない!」
主人公の藤野は小学4年生で学年新聞に四コマ漫画を毎週掲載していました。反響はよく、学年の友達からは「天才」「プロになれる」とちやほやされ、「たいしたことない」と藤野は謙遜しながらもまんざらでもない様子でした。
とある日担任から「不登校の子が漫画を描きたいといっているから、一枠4コマのを描かせてやってくれ」と頼まれます。学校にも通えない軟弱者が、漫画なんて描けるわけないと高を括っていた藤野はこれを快諾した。
しかし、不登校児である京本の画力はすさまじく、4コマというより風景画の連続だが、それでも同級生からは絶賛され、藤野は「京本の絵と並ぶと藤野の絵ってフツーだよな」とまで言われてしまいます。
これまでずっと褒められ続けてきた藤野は、悔しくてたまらなくなり「4年生で私より絵ウマい奴がいるなんて、絶っっっ対に許せない!!」と絵の猛勉強を始めます。
この辺の心情は、「四年間でこいつらより上手くならなければ、俺はもうこいつらを殺す」と大学生のころ思っていた、藤本タツキ先生自身と重なっているのではないでしょうか。
中盤ネタバレ解説:藤野と京本の邂逅。京本は藤野の大ファンだった。
藤野は画力を向上させるために、デッサンの本を買いあさり、友達と過ごす時間やテレビを観る時間、家族と過ごす時間を削って画を描き続けました。
藤野の画は6年生になって飛躍的に上手くなりますが、京本との差は埋まらず、ある日突然ぷっつりとなにか切れてしまい、藤野は画を描かなくなります。
藤野は家族や友達とのよりをもどし、普通の小学生として残りの小学校生活を謳歌します。
そしてとうとう小学校の卒業式の日が来ます。担任の先生に、未だ不登校の京本の卒業証書を渡すように頼まれてしまった藤野はしぶしぶ京本の家に向かいます。
藤野は京本の家につき、インターホンを押しても返事はなく、鍵が開いていたので卒業証書を玄関の中におこうとするも、奥の部屋から物音がするため家の中に上がりこんでしまいます。
そこで藤野は、部屋の前にどっさりと山積みされたスケッチブックを見ます。
天才だと思っていた京本は、実は何倍も藤野より画を描いていたことがわかります。(藤野が6年生の時捨てたスケッチブックは抱えられるほどしかなかった…。)
藤野は、そこでなぜか部屋の前で思わず京本ネタにするような4コマを描いてしまい、手が滑った拍子にドアの隙間から部屋のなかに4コマが入り込んでしまいます。
外にいるのが藤野だとわかった京本は、いそいそと立ち去る藤野に”自分はずっとファンだった”ことを告げます。
サインをねだり、好きな4コマの回を詳しく話す京本に対して、終始無表情でいる藤野も、内心は非常にうれしく思っており、家に帰ってすぐにまた漫画を描き始めます。
終盤、結末ネタバレ解説。藤野と京本の三度の別れ。
一気に仲が深まった二人は、「藤野キョウ」という作家名で藤野がストーリーやキャラクターを、京本が背景を担当しどんどん漫画を描いていきます。
そして、漫画賞をいくつも受賞していき、高校卒業後には出版社から連載を持ってみないかと声をかけられます。
何もかも順調かと思いきや、京本は美術大学にいきたいから連載は持てないと言います。拒絶する藤野ですが京本の意志は固く、藤野は漫画家の道へ、京本は美術大学へ進みます。
藤野の連載漫画は単行本化、アニメ化と順調に進みますが、そこで悲劇が起こります。
京本が通う美術大学に通り魔が侵入し、京本は運悪く襲われてしまいます。京本が死んだことをニュースで知った藤野は、漫画を連載する元気を失います。
半ば廃人状態で京本の通夜に行った際、藤野は「京本が死んだのは自分が部屋から外に出したせいだ」と自責の念に襲われます。ふと目をやるとそこには昔、京本が部屋からでることのきっかけになった4コマがあり、それをびりびりに破いてしまいました。
しかし、そこで不思議なことが起こります。藤野が願った京本が“部屋からでなかった未来”と時空がつながります。破かれた4コマの破片をみた京本は、外にいる藤野を追わずに部屋に引きこもったままでした。
それでも美術大学に進学することになった京本は、別時空の“空手を習っていた”藤野に通り魔から助けてもらいます。家に帰った京本は小学生のころを思い出し、即興で4コマを描きますが風に飛ばされ、部屋の外にいる京本が死んだ世界の藤野に届きます。
藤野はそれをみて思わず部屋に入りますが、部屋には生きている京本はいません。
京本の部屋は藤野の漫画が揃えられており、小学生のころ書いたサインまで飾られていました。そこで藤野は自分が漫画を描いている理由を思い出します。
はじめはチヤホヤされるのが気持ちよくて描いていたのが、いつの間にか京本に見せて反応をみるのがやりがいだったのだと気が付きます。
藤野は連載する気力を取り戻し、また机に向かって漫画を描き始めるところで漫画は終わります。
物語のラストは時系列がわからなくなってしまう人も少なくないようですが、別次元の藤野が京本4コマ漫画を通して心を通わせたと考えていいと思います。
タイトル『ルックバック』の意味は?漫画家のリアルな姿。
『ルックバック』の直訳は”振り返る””回想する”です。
単純に考えたら藤野が京本との思い出を振り返って、なぜ自分は漫画を描いているのか、なぜ描いていくのかを思い出したストーリーのことを指している言葉でしょう。ただ、意味はそれだけではないと思います。
『ルックバック』では藤野の背中が多く描かれています。利き手側に力が入っているようなリアルな背中ですが、漫画家のリアルな姿でもあります。
英語の「back」は背中という意味もあり、藤野の「京本も私の背中を見て成長するんだな」というセリフもあるため、漫画家とはどういうものなのか藤本タツキ先生なりの考えがタイトルに込められています。
藤野は漫画を描くのは実は好きではなく、読むだけの方がいいと言います。
しかし、藤野とコミニケーションが取れたのは漫画を描いていたからでした。背中を見せていた時間とは、すなわち漫画を描いていた時間であり、漫画家が真に読者とコミュニケーションをとれるのは漫画の中だけだと言いたいのかもしれません。
『ルックバック』の真意考察①ファンタジーとしての結末。オアシス『Don’t Look Back in Anger(ドント・ルック・バック・イン・アンガー)』
ここからの考察は上記の考察が二転三転することになります。人によってはちょっといやな気分になるかもしれないので、綺麗に終わりたい人はここでブラウザバックすることをお勧めします。
物語をよく読むと『ルックバック』の意味は全く逆の意味だとわかります。
『ルックバック』の作中には、オアシスの名曲「Don’t Look Back in Anger(ドント・ルック・バック・イン・アンガー)」という楽曲のタイトルが隠されています。
Don’t が描かれているのはタイトルの次のページ、先生が学級新聞を配る右上の黒板に書かれています。
そして in Angerは、藤野が元気を取り戻して机に向かうシーンの左下、散らばった本のタイトルに書かれています。
それぞれ右上と左下、漫画は右から左画読んでいくのでDon’t→ルックバック(本編)→ in Angerとなります。
これは直訳すると「怒りを振り返るな」という意味になります。
京アニへの鎮魂歌。行き場のない怒り。
『ルックバック』は京本を襲った犯人のセリフなどから、京都アニメーション放火殺人事件を題材にしていることがわかります。
そしてオアシスのDon’t Look Back in Angerは、イギリスの自爆テロの際に追悼式典で流れていた曲です。
“鎮魂”の概念は『チェンソーマン』の作品内にもありました。怒りは鎮魂ではなく、作品で藤本タツキ先生の作家性は不謹慎かもしれませんがかっこよく感じます。
藤野も犯人への復讐は別次元の自分に任せることで、京本との思い出を糧に自分に残されているもの(漫画の読者)にもう一度向き合うことができます。
それでもあえてタイトルからDon’tと in Angerをとったのは、このメッセージを強要したくないという藤本タツキ先生の想いと遺族への配慮からでしょう。
『ルックバック』の真意考察②ノンファンタジーの結末。『Stand By Me(スタンド・バイ・ミー)』親友の死を糧にして生きていく。
#ルックバック
読み終わったあと頭に流れるの「Don’t Look Back in Anger」じゃなくて「Stand by me」だった。— アリスケ (@walking_planets) February 12, 2023
しかし、ここまで考えてもう一度『ルックバック』を読み返すと、読み終わったあと頭に流れてくるのは「Don’t Look Back in Anger」ではなく、オアシスの「Stand By Me」とベン・E・キングの「Stand By Me」でした。
上記では『ルックバック』のラストは別次元と繋がったファンタジーとしてのラストを解説しましたが、個人的には『ルックバック』にファンタジー要素はないと思っています。
つまりどういうことかというと、「別次元の話は全て藤野が頭の中で考えた妄想」だということです。
友人の死を振り返り、もう戻れない過去を創作世界に託してそれを糧に生きていく。
これは青春映画の名作『スタンド・バイ・ミー』と同じテーマです。
『スタンド・バイ・ミー』は、小説家デビューした主人公ゴーディが、少年時代の友人の死を新聞でみたのをきっかけに、少年時代の思い出を回想し、それを自分の小説落とし込むことでまた歩みだすというストーリー構造になっています。
『スタンド・バイ・ミー』というと焚火やヒルのシーンが思い起こされますが、“夏景色”か“冬景色”か、男か女かの違いなだけで『ルックバック』もそういった少年期の青春と大人になってからの不幸と立ち直りを描いています。
この『ルックバック』ノンファンタジー説は、ストーリーが『スタンド・バイ・ミー』に似ているからというのと、別次元の京本が書いた4コマが藤野の画に似ているからというくらいしか根拠がありません。(画が似てるというのは作者が同じだから当たり前といえば当たり前。)
しかし、個人的には別次元の京本に慰められたというよりも、“友人の死をも芸の肥やしにして、自分で自分を慰めてまた前を向いて歩きだした”というほうが天国の京本はうれしいような気がします。
まとめ。『ルックバック』は”藤本タツキ漫画家の流儀”
今回は『ルックバック』についてレビューと元ネタについて考察&解説をしました。
『チェンソーマン』を読んでから『ルックバック』を読んだ人は、さらに藤本タツキ先生の描く世界に惹き込まれるような作品になっていると思います。
自分も過去の自分に干渉できるなら『チェンソーマン』を読んだついでという、軽い気持ちで読んだ自分をひっぱたきたいです。
起承転結全てに丁寧に伏線が散りばめられていて、それでいて読んでいる途中も読んだ後もすっきりした気持ちになれるお話でした。
考察部分ちょっと妄想多めですが藤本タツキ先生が大の映画好きだと知っているからこそ、どうしても元ネタっぽい映画と比べてしまいます。
以上まとめると
- 『ルックバック』は小学生4年生の藤野と、同じく4年生で不登校の京本が漫画を通して成長する物語。
- 『ルックバック』のタイトルの意味候補①自分の背中
- 『ルックバック』のタイトルの意味候補②オアシスの名曲「Don’t Look Back in Anger(ドント・ルック・バック・イン・アンガー)」。
- 題材になっているかもしれない事件は京本を襲った犯人のセリフなどから、京アニ放火殺人事件。
- 個人的には『ルックバック』は『スタンドバイミー』のような友人の死を振り返り、もう戻れない過去を創作世界に託してそれを糧に生きていく物語で、別次元の話は全て藤野が頭の中で考えた妄想だと思う。
『ルックバック』は藤本タツキ先生の読み切り短編の中で最高傑作だと思います。まだ読んでいない方はぜひ読んでみることをお勧めします。
最後までお読みいただきありがとうございました。