※追記:記事後半に『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』での『人類補完計画』について記載しています。ネタバレ含みますのでご注意ください。
2021年、遂に『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』が公開されました。
シンエヴァ公開まで、様々なVODやイベントで『新劇場版エヴァンゲリオン』が視聴できるようになっており、これまでのファンや新規のファンの方も多いと思います。
ただ、『エヴァンゲリオン』は設定の難しいところが多いですよね。
専門用語がポンポン出てくるのはカッコイイですが、それではコアなファンでないと楽しめません。
もちろん、戦闘シーンや映像美で、ある程度楽しめてしまうのが庵野監督の凄いところです。しかし、どうせならしっかり余すところなく楽しみたい!
そこで、このブログでは「エヴァンゲリオンのよく分からない設定」について解説していこうと思います。それで今回何を解説していくかと言うと、、、
『人類補完計画』です。
本編ではもちろん、様々な公式グッズ、漫画やアニメでパロディネタが溢れているので、「名前だけはしってる」という方も多いと思います。
『人類補完計画』だけでも理解を深めることができれば、エヴァンゲリオン全体が面白くなるのです。
語感だけで『人類補完計画』を理解した気になるのは、あまりにも勿体ないです。
なぜなら『人類補完計画』は直接『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』へと続く、大切なキーワードでもあるからです。
それでは、『人類補完計画』について解説&考察をしていこうと思います。
目次
新劇場版へと続く、人類補完計画への道のり。
※以下の設定は、新劇場版を除く、TVアニメ、漫画、ファンブックで語られたものを補足し合った設定となります。
「もっと完璧な存在になりたい。」そう考える人達がいた。人間には素晴らしい「知恵」というものが存在する。しかし、人間には寿命が存在するため、個体としての進化が出来ず子孫を残しさなければならない。そうすれば必然に群れができる。
繁栄のために「知恵」をつかう人間もいれば、争いのために知恵を悪用する人間もいる。そんな「他人とのジレンマ」をとっぱらうためには、「人類」というものが1つの個体にならなければなならない。
「人類(魂のみ)を1つの体に集約する。」それが『人類補完計画』です。
そもそも『人類補完計画』は、なぜ考えだされた?
『ゼーレ』は死海文書により人類の起源を知ってしまいました。
知恵の樹の実を持つ人間と生命の樹の実を持つ使徒。地球に生き残る生命体はどちらかひとつ。
やがて人類は、知恵や科学によって生命の謎を解き明かし、人類は第一使途に及ぶ力を手に入れようとします。
そして、使徒がこれ以上地球に生まれないように、使徒の生みの親であるアダムの子宮にあたる部分を焼却します。
そして人類の生みの親であるリリスを、この地上に再現させ、人類をより完璧な存在へと強制的に進化させる。
それが『人類補完計画』です。
つまり、TVアニメ版の時点では、使徒と人間の争いは地球で行われる生存競争のひとつであり、使徒との生存競争に勝ってからが「ゼーレ」や「ゲンドウ」には本番なのです。
「ゼーレ」は知恵も生命も超越した、神の子とも言えるような存在へ、人類のさらなる進化を望み、
「ゲンドウ」は補完計画の中心になることで妻ユイとの再開を望みました。
人類の敵『使途』
一方人類の敵「使徒」には、知恵こそありませんが、個体として進化できる「生命力」がありました。
エヴァンゲリオンの世界では、人間も第18番目の使徒とされています。しかし、なぜ違いがあるのかというと、それは使徒は第一の使徒『アダム』から生まれた存在で、人間は第二の使徒『リリス』から生まれた存在だからです。
使徒は、アダムから『生命の実』の力を受け継ぎ、人間はリリスから『知恵の実』の力を受け継ぎました。
人間は『生命の実』の力を手に入れることが出来れば、個体として進化していくことができます。
しかし、それは使徒も同じことで、『知恵の実』の力を奪われてしまえば、使徒が「知恵も生命力もある完全な存在」となってしまいます。
「使徒が神になり、人類が滅ぶのを防ぎたい。」それが、ミサトやシンジくんのいた『NERV』という組織であり、
「使徒の力を手に入れ、人間が1つの個体として神になりたい。」それが、ゲンドウやキール議長(悪そうな人)のいる『ゼーレ』という組織です。
新世紀エヴァンゲリオンとは中盤まで、「人類VS使徒の生存争い」を描き、ラストで『人類補完計画』の真実を描いた作品なのです。
誤解されがちだけど、人類補完計画を考えているのは『NERV』ではなく『ゼーレ』
※TVアニメ版まではそうでしたが、新劇場版では異なります。
従来のアニメと異なるのは、悪の親玉が『味方の組織にいる』ということ。
TVアニメ版では、いくら特務機関といっても『NERV』は表向きの組織でしかありません。
どんなに崇高な野望を持っていても、使徒に人類を滅亡させられては元も子もありませんからね。
そのため、TVアニメ版から続く旧劇場版で『NERV』は「使徒を倒す手伝い」はしたものの、使徒を全滅させたあとは使い捨てにされました。
TVアニメシリーズの終了後に公開された、旧劇場版では『人類補完計画』がついに描かれました。
地下で保管していたリリスに、全ての人間の魂だけを集約させる。
さらに、使徒(S2機関)と綾波(リリスの魂)を取り込んだエヴァ初号機と融合させることで、『人類補完計画』はついに達成されたかのようにみえました。
ここでは『インパクト』とは何かも明かされました。
「インパクトとは人を魂のみにすること。」
すなわち「ATフィールドという人間の形を保っている壁をとっぱらい、魂のみの状態にすること」です。
この「ATフィールドをとっぱらい魂のみにする波動」こそ、TVアニメ版、旧劇場版で描かれたインパクトであり、
それをかき集めて、ひとつの生命体にすることこそ『人類補完計画』でした。
しかし、また世界は、個人が存在する世界へと再編されました。
リリスと融合し、新しいひとつの生命が生まれ、『未来』の選択は初号機に搭乗していた碇シンジに委ねられました。
シンジは、1つの生命体として生きていくことを拒否しました。他人といると嫌な思いばかりするのは事実だけど、それでも他人がいる世界をシンジは望みました。
こうして世界は、これまでとはちょっとだけ違う世界に再編されました。
これが、新劇場版エヴァンゲリオンでの世界ではないかと考察します。
(実際に、シンエヴァでは真相が明かされましたが、合ってるような会ってないようなでしたね笑。そうも捉えることができるし、そう捉えないこともできました。)
「大人の事情」かと思われた「アニメと劇場版との違い」は、全て再編された世界と考えることで辻褄が合う事が多いです。
そのことに関してはこちらの記事で書いていますのでぜひご覧下さい。⤵︎ ⤵︎
そして、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』での『人類補完計画』とは、Dead or Alive ?
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』にて、遂に『新劇場版』にとっての「人類補完計画」が明かされましたね。
明かされたと言っても、詳細が明かされただけで「ゲンドウ」の目的は一貫して「ユイ」との再開でしたが…。
新劇場版での『人類補完計画』とは、既に神によって決められた人類の運命をちょっとだけ人類の希望に添った形に変えたいというものでした。
新劇場版の『人類補完計画』→ Dead or Alive ※尚、生き残っても個性は死にます。
新劇場版の世界で「ゼーレ」は神によって記された「死海文書」を発見しています。人類の未来の予言書のようなものですね。
「死海文書」に記された人類の未来の選択肢は2つ。
- 使徒によって滅ぼされ地球上から消える。
- 使徒を倒して人類が生き残る。ただし生き残ったあとは今までの知恵と個人、個性を捨てて、人類ではなく神の子として生きる。
選択肢1はもちろん論外なので、「ゼーレ」が選んだのは選択肢2ということになります。
しかし、我々の感性からしたら選択肢2も簡単に「はいそうですか」と飲み込めないですよね。
人類にとっての神は、生みの親であるリリスです。
そのリリスが決めた「人類神の子計画」を、ちょっとでも自分達の都合のいいようにすることこそ、ゼーレの考えた「人類補完計画」なのです。
新劇場版のゼーレは旧劇場版とは違い、ゲンドウの目的を理解した上で役目をゲンドウに引き継いでいるので、少なくともゲンドウの考える
全てが等しく単一な人類の心の世界」
「他人との差異がなく」
「貧富も差別も争いも虐待も苦痛も悲しみもない」
「浄化された魂だけの世界」
「ユイ再び会える安らぎの世界」(※ここはゼーレにとってどうでもいい。)
には賛同していたのかに思えます。
新劇場版でのインパクトは浄化、進化の儀式であり、サードインパクトではとうとう神の子であるインフィニティが生まれようとしました。
リリスによってインフィニティ(神の子)が産み出され、あとは人類の魂がインフィニティ(体)に入ることで人類は神の子として生まれ変わるのです。
しかし、それを阻止しようとしたのが加持リョウジと初期ヴィレメンバー、渚カヲルでした。
EVANGELION Mark.6を使いリリスの首を刎ね上げ、自らを贄とすることでサードインパクトを止めました。
リリスの首が刎ねられ、旧劇場版の量産機同様、リリスに同調しているインフィニティの頭部は体と切り離されてます。
これが首なしエヴァ、インフィニティのなりぞこないの正体です。
しかし、「人類補完計画」にも「人類神の子計画」にも反対するもの達がいました。
それがヴィレです。
リリスの決めた死海文書に沿って行動すること、
そして、そもそもリリスによる人類救済など望まず、人類だけで希望の道を切り開いていこうと考えるのがヴィレなのです。
ユイがエヴァに残った理由。父の暴走を止めてシンジを送り出すため。
シンジは、ゲンドウが画策したアディショナルインパクトをなんとか止めることができました。
それによって新劇場版の世界を生きる、サードインパクトを生き残った人達はそのまま生きていけることになりました。
そして、シンジは自らが補完の中心となり、ミサトが命を賭して届けたヴィレの槍を使い新世紀を生みだします。
この儀式をNEON GENESISと呼びます。
新劇場版の世界で生き残った人達のための世界とは別に、インパクトによってATフィールドを消されてしまった生物達をまた生物の形に戻しました。
そしてNEON GENESISを行った代償、その生贄にシンジはなろうとします。
しかし、そこでエヴァ初号機内のユイがシンジの身代わりとなったことでシンジは現実の世界へと脱出することができました。
この時を見越して、ユイは初号機に自らの意思で取り込まれていたのです。
一方、TVアニメ版、漫画版では、
「シンジを最後まで守るため」
「人類が生きた証を永遠に残すため」
にユイは初号機に取り込まれていました。
シンジを助けるためにユイは、自らの意思で初号機に取り込まれていたのです。
そして、シンジのために生贄になることを選んだユイを見送ること、つまり、ユイの死を受け止めることこそ、ゲンドウが心の奥底で真に望んでいたことだったのでした。
話が『人類補完計画』から脱線しましたが、結局、新劇場版でも「ゼーレ」が望んだ『人類補完計画』は果たされることはなく、
かといって、リリスによる「人類神の子計画」も未遂で終わりました。
ただ、『人類補完計画』という、なんか怖そうな計画が「ゼーレ」がどうしようもない最悪の2択から選んだ上で、
それでもその2択を突きつけてきた奴へと反抗の計画だというのが面白いですよね。(ゼーレもそんなに悪い奴らじゃないのかも)
実際、旧劇場版の人類補完計画実行シーンはトラウマもの…。
『人類補完計画』や『インパクト』の儀式は人類にとって必要だった
『人類補完計画』は、TVアニメ版、旧劇場版、漫画版では、どれも秘密結社が考え出したサイコパスな計画というイメージが強かったです。
エヴァの代名詞とも言える『人類補完計画』という単語のネタばらしを今まで通りやっても、眠くなってしまうだけですからね。
今まで文章で書かれてるのか絵で描かれてるのか謎だった「死海文書」による使徒襲撃の予言も、
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』の劇中を観る限り、けっこうわかりやすく絵で描かかれているのもおもしろかったです。
すこし気がかりがあるとすれば、結局ゲンドウやシンジが手出ししなかったとして、ヴィレが望む
「希望のコンティニュー(使徒に勝ったあとは何もしないorリリスが手出しするようなら殺す)」は成功したのでしょうか?
皆さんの見解もぜひ、聞きたいですね。
もし、インパクトもおこさずに、神の子に変わるのも拒んだとしたら、人類はどうなるのでしょうか?
そして、絶滅してしまうとしてどんな風に絶滅するのか?気になります。
やはりなんだかんだいってあの世界では、インパクトや人類補完計画という儀式が必要だったと思います。
その儀式が成功するにしてもしないにしても、神という絶対的な存在を目にしてしまった人類が、一丸となって生きていくには、大きな困難を乗り越えることが必要だっと思います。
星野之宣が描いた「Quo Vadis」では、神認識してしまった人類の行く末がどうなるか、問を投げかけて終わりました。
しかし、庵野監督はその問に対するひとつの答えを描いていると思います。
神に屈してしまう人もいれば、神を私利私欲のために利用する人もいる。
神という絶対的な存在に人類は運命を左右されてしまうのか?いや、その神でさえ自らの意思で乗り越えて生きていける胆力が人類にはあるのだと。
「Quo Vadis」という言葉はQuo vadis, Domine?(主よ、どこへいかれるのですか?)という『ヨハネによる福音書』の聖ペテロがキリストに投げかけた言葉です。
ここまで、読んでいただきありがとうございました。ほんの少しでも読者の皆さまへ『エヴァンゲリオン』という作品を面白くするお手伝いができたら、私としても励みになります。
開設したばかりのTwitterもありますので、「ここの解説をしてほしい!」などあれば、リクエストや、皆さんの考察をぜひお聞かせください!
他の記事もありますので、ぜひよろしくお願いいたします。